signheart

Information

こちらのページで手話豆知識を少しづつ紹介していきます

手話豆知識いろいろ

「松本ろう学校 高等部専攻科について」

2017.10.20

松本ろう学校の高等部専攻科は平成8年に開設されて、教育内容も随時見直してきましたが、進学希望者は減少し2年間在籍者は居ないため、平成28年度末をもって閉科となりました。

 

長野ろう学校、松本ろう学校高等部の卒業生については、大学、短大への進学者が増加しているほか、首都圏等の規模の大きな専攻科や、能力開発校へ進学しています。

今回は、松本ろう学校 高等部専攻科についてでした。

 

 

「ギャローデッド大学について」

2016.8.9

一般の人は聞いたことが無い名前の大学かと思います。

アメリカ合衆国ワシントンDCにある、聴覚障害者のための大学です。

 

1864年、リンカーン大統領が、聴覚障害者のための大学を設立する法律を認可したのを受けて建てられました。

現在でも、世界で唯一の聴覚障害者のための総合大学です。

卒業生は、各界で活躍しています。

アメリカ以外の国の学生も受け入れていますが、帰国後は、それぞれの母語で活躍し、世界のろうあ運動をリードする存在です。

 

‘ギャローデット’は、最初の学長の名前の

エドワード.ミンーナーギャローデット氏の名前を取って付けられました。

 

コンピューター、福祉学、教育学、心理学、社会学などの学部を有する総合大学です。

学生全体の10パーセントが外国人のために割り当てられています。

この大学の第一言語は、アメリカ手話です。

日本の聴覚障害者の学生も留学されています。

私立大学ですが、70パーセントは、国の補助で運営されている大学です。

 

今回は、ギャローデット大学についてでした。

 

 

 

「わが国唯一の視・聴覚障害者の大学」

2016.4.28

皆さんは視・聴覚障害者のための大学が日本にあるのをご存知ですか?

 

その名は「筑波技術大学 」4年制の大学です。

 

2006年(平成18年)に、前身の筑波技術短期

大学から4年制の大学になりました。

 

学部は聴覚障害者の産業技術学部と、 視覚障害者の保健科学部があります。

 

産業技術学部には、産業情報学科と、総合デザイン学科があります。

さらに上の大学院も設置されています。

 

手話で学べる大学です。

 

 

 

「感音性難聴 ≪メニエール病≫」

2016.3.3

今回も聴覚障害の原因の病の一つを紹介します。

今回ご紹介するのは感音性難聴の、メニエール病です。

 

名前の由来はフランス人医師のプロスペル・メニエールが、1861年に

発見したことから、彼の名を取って、メニエール病といます。

 

主な症状の特徴を上げてみましょう。

  • 立つことができないくらい数十分続く回転性のめまいがあり、それに伴って、耳鳴りと、低音の聞こえが悪くなるなどの症状があります。
  • 内リンパ水腫(内耳のリンパが増 えて、水ぶくれの状態)でおきます。
  • 30歳から50歳の女性に多い病気です。
  • この病気は、過労・睡眠不足・ストレスや、天候、気圧の変化などでも影響を受けます。

 

治療はめまい止め、利尿剤を中心に、抗不安薬や、循環改善薬、

ビタミン剤などを組み合わせて行われます。

 

発作を繰り返すと、難聴などが悪化しますので、

早めの受診と早めの治療をお勧めします。

 

「伝音性難聴:(耳垢栓塞:じこうせんそく)」

2015.12.28

伝音性難聴の原因について今回も書きたいと思います。

 

外耳道に耳垢が詰まるということで、伝音性難聴が引き起こされます。

 

病名も名前の通り、耳垢(みみあか)が栓(せん)をして塞(ふさ)ぐ、

耳垢栓塞(じこうせんそく)です。

 

そもそも耳垢は、どうしてできるのか?

空気中のほこりや、古い皮膚が、耳垢腺から分泌されている

皮脂に溜まってできたものです。

人によって、ねばねばのタイプと、乾燥タイプがあるようです。

 

耳のお掃除を忘れていて耳垢が大きくなったり、

耳垢を取ろうと綿棒などでこすっているうちに

奥の方へ耳垢を押し込んでしまうこともあるようです。

 

奥の方で固まってしまうと鼓膜にくっついて聞こえにくくなったり

その手前でも完全に外耳道を塞いでしまうと音が聞こえづらくなります。

人によってはめまいなどを伴うこともあるそうです。

 

耳垢は固まってしまったら、自分で取ろうとせずに、

耳鼻科に行って取ってもらいましょう。

早い段階なら、一回で取ってもらえます。

 

耳垢が固くなってしまったら、耳垢を柔らかくするお薬(オイル状のもの)を

もらって耳にさして、ふやかしてから耳鼻科で取ってもらいましょう。

 

たかが耳垢、されど耳垢ですね。皆様もお気をつけあれ。

 

 

「伝音性難聴の原因」

2015.11.2

伝音性難聴の原因になる
病気について書きたいと思います。

皆さんも聞いたことがあるのはこの病名ではありませんか?「中耳炎」今回は、中耳炎のいろいろを学習しましょう。

以下ウィキペディアからの引用です

中耳炎:特定の病態を指すものではない。通常は急性中耳炎を指す。

急性中耳炎:中耳に炎症が起こっている状態。痛みが強い。

慢性中耳炎:急性中耳炎の後鼓膜が穿孔したもの。

滲出性中耳炎:《しんしゅつせい》中耳に浸出液がたまっている状態。急性中耳炎に引き続き起こることが多い。また、飛行機に乗った際に耳が痛くなり、その後痛みは治まったが耳が聞こえにくい、という場合には滲出性中耳炎の場合が多い。痛みは基本的にはない。

真珠腫性中耳炎:中耳に真珠腫ができたため、中耳に炎症が生じた状態。真珠腫とは、上皮が存在しないはずの鼓室内に、何らかの原因で上皮細胞が侵入して増殖したもの。腫瘍ではない。

いずれにせよ、中耳炎だけでは重度の難聴になることはありません。
また、伝音性難聴に含まれ、軽度の難聴の場合は、補聴器の装用が有効です。

《ろうあ運動 民法11条》

〜ろうあ者は、ローンも組めない?〜

2015.5.21

まだ、ろう教育も義務化されていない明治時代には、読み書きもままならないろうあ者は、一人前に扱われずにいました。 その明治時代に作られた法律、民法11条には「準禁治産者」の条項があり、ろうあ者、盲者が含まれていました。 保佐人の承諾なしには、経済活動ができなかったため、銀行にローンを申し込んでも、断られたり、生命保険に入ることができない状態でした。 悲しい事件では、実の兄弟から騙され、親の死後、遺産相続から外されるという事もおきました。 その法律が改正されたのは、なんと、昭和55年の事でした。 ろうあ者、盲者の長年にわたる強い改正運動と、世論の支持で改正されたのでした。  

「聴覚障害者と運転免許」

2015.3.25

皆さんは聴覚障害があると車の運転ができないと思っていませんか?

聴覚障害者の運転免許が条件付きながら認められたのは、なんと昭和48年です。

条件とは、補聴器をつけて後方からのクラクションが聞こえるレベルなら免許を取ることを認めるというものでした。

それまでは、全く認められていませんでした。 車の運転が認められなければ、おのずと、徒歩か、自転車、公共交通機関利用ですね。

職に就くにしても、車の運転免許がなければ、職種の幅も狭くなります。 昔のろう者の仕事には、木工、和裁、洋裁の時代がありました。

その時代を経て、高度経済成長の社会で、中小企業に就職できるようになっていきました。 職種はというと、クリーニングや、印刷業、製造業が主でした。

免許もとれず、さぞ、不便だったろうと思います。

さて、全く耳が聞こえない人にも車の免許が取れるようになったのはいつだと思いますか?

2006年なんと、平成18年です。

ろう者が当たり前のように社会参加し、職種も自由に選ぶために車の運転免許は重要な意味を持っています。

手話や、手話通訳が広がる中で、ろう者の基本的な人権を保障する法律の改正がいかに遅いか、よくわかりますね。  

「手話通訳者の職業病(3)」

2015.1.26

 1990年に滋賀県の団体職員だった通訳者が労働災害として認定されました。 その後、通訳者の健康問題は、全国的な取り組みへと広がりました。 この動きにあわせ、全国各地(北海道・兵庫・京都・埼玉・千葉広島・沖縄・神奈川・長野)で労働災害の申請が出されました。 さて、頸肩腕障害を発症した通訳者の働き方には、共通する特徴がありました。 ・手話通訳の需要は増えるのに、通訳者の数は増やしてもらえず、一人で無理を重ねてきたことにあります。 たとえば、48日間もの長期にわたって休日が取れなかった事例や、年間1500件の医療関係通訳をポケットベル持たされ一人で担当していた事例、求職や、職場トラブルなどの相談や通訳を一日15人も連続して担当したという事例もありました。 2015年の今日に至るまで、さまざまな健康問題の取り組みを関係団体とともにしてきましたが、未だに頸肩腕障害の問題は残されています。 手話通訳者が、専門職として働ける条件の改善や、事業者への労働災害に対する教育、通訳者養成の段階から、頸肩腕の予防の知識をきちんと教育していくことなど、地道に取り組ん でいかなければならない課題がまだあるのです。 以上、3回にわたって手話通訳者の職業病について紹介してきました。 関係図書の紹介をしておきます。

1:「いきいき手話通訳」 2:「ハートtoハート」 3:「手話通訳者の労働と健康」

いずれも 全国手話通訳問題研究会 の出版物として販売されています。 是非ご一読を。  

「手話通訳者の職業病(2)」

2014.12.28

手話通訳者に頸肩腕障害が発生していることが明らかになったのは、1979年北海道の札幌市嘱託手話通訳者の事例です。 といっても、この北海道の訴えは、公務災害認定を申請したのですが、北海道は寒いからとか、個人の体質とか、性格に起因しているとか、手話通訳技術が未熟だったから・・・ などのまったく科学的根拠のない理由によって正しい理解が広まっていきませんでした。 その後、約10年後の1988年、滋賀県の手話通訳者が頸肩腕障害になり労災の申請を行いました。28歳の女性でした。彼女は、手話通訳に加えワープロ業務、手話講師、肩と頭で電話を挟みながらの不自然な通訳体勢さらに発症前48日間休暇が取れない状況で働いていました。 彼女の症状は、肩や腕の痛みしびれに加えて、タオルが絞れない、ボタンがかけられない、箸で魚の身をほぐすのが辛い、プラスチックのスプーンしか持てなくなる、イライラするなど、重症でした。 これが学会報告され、マスコミや国会にも取り上げられたのでした。 参考文献《手話通訳者の健康管理マニュアル》  

「手話通訳者の職業病」

2014.12.5

皆さんは、手話通訳者に職業病があるのをご存知ですか? その名は、【頸肩腕障害】(けいけんわんしようがい) 手指や、腕、肩、頸部の筋肉や、関節や、腱や靭帯などに痛みを生じ、進行すると、物が持てなくなったり、腕が動かせなくなったりする病気です。病気の進行に伴精神的にもイライラ感や、不眠感や抑うつ感などの症状が出ることがあり、自律神経系の失調症状も示すことがある病気です。 初期の段階は、肩こりや、頸のこりや疲労感などの自覚症状で、睡眠や休息で回復しますが、十分な疲労回復がはかれない状況が続き、肩や腕や頸部の疲労感が蓄積していくと強いこりや痛みを生じ、健康を害していきます。 この職業病では、手話通訳者が知られる前は、タイピストや、コンプューターの入力作業をする人、赤ちゃんを抱き続けたりする保育士、大きなしゃもじでかき混ぜる作業が続く給食調理員のような腕を一定の姿勢で使い続けるような仕事の人に起きる職業病で知られています。 手話通訳者の場合、下肢は固定されて、腕を上げて手話をする上に、見られているという緊張感、正確な翻訳作業を求められ、極度の脳性疲労が伴います。疲れても、話し手が話している間は、勝手に休憩もできません。 一見、手をひらひらさせてにこやかに通訳しているように見られがちな手話通訳者。 実は、大変な仕事を担っているのです。  

「聴覚障害者のグループホーム」

~(もみじの家) の紹介  ~

2014.10.20

平成26年4月にオープンした、グループホームを紹介しましょう。 長野県の南箕輪村に、長野県初の聴覚障害者のグループホームができました。6人定員の小規模で、アットホームなものです。 現在、4人の方が利用されています。女性3人男性一人です。20代から60代の年代も様々な4人です。世話人のスタッフも4人、全員聴覚障害者です。 法律上では、障害者総合支援法 第5条 障害者の共同生活援助 (グループホーム)として開設しています。 手話が共通のコミュニケーシヨンですから、安心しておしゃべりできますし、自由にいろいろ聞いたりできます。 各部屋には、光チャイムがついていて、呼び出しもわかりますし、光って知らせる火災警報器もあり、安心です。 今まで、知的障害や精神障害者の施設しか入れるところがありませんでしたが、これで安心して暮らせると、利用者は、喜ばれています。  

「ろうあ運動の今」

~手話言語法の制定に向けて~

2014.9.25

手話を言語として認め、ろう者が手話を自由に使える環境を整えるため、地域住民への手話の普及を図ること、さらにろう教育の場で手話を正規の科目として教え、手話によってわかりやすい授業を受ける権利を求めて、今運動が進められています。 2013年12月、全国初 鳥取県で手話言語条例が制定されました。鳥取を皮切りに、北海道石狩市、新得町、三重県松阪市が条例を制定しています。又、手話言語法の制定を求める意見書が全国150を超える自治体で可決されています。長野県塩尻市も可決されました。 この背景には、2006年12月国連総会で、「障害者権利条約」が採択されたこと、条約の中に手話などの非音声言語が「言語」と定義された事にあります。 日本でも、2011年障害者基本法が改正され、「全て障害者は、可能な限り言語(手話を含む)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保される」と、手話が条文の一節に盛り込まれました。 今回は、手話をめぐる動きを紹介しました。 本当に、子供から大人まで、ありとあらゆるところで、手話が使われる世の中に少しづつ変わっていくことを願うものです。  

「リアルタイム文字通訳サービス[e―ミミ]」

2014.9.11

長野サマライズ・センターと、ソフトバンクモバイル、筑波技術大学、群馬大学、情報保障団体のMCC HobneT で構成された団体で「モバイル型遠隔情報保障システム」に関する実証実験を2009年から2010年にかけて行いました。 その実験結果を受けて沖縄の株式会社アイセック・ジャパンでは事業を開始しました。 その名も「e―ミミ」。 スマートフォンを使って、話し手の声を遠隔情報保障センターの文字通訳者により、情報を文字化します。そして耳の聞こえにくい利用者のスマートフォンに字幕情報として表示されるシステムです。 観光、講演会、セミナー、議会、教育機関、セレモニーなど、活用の場所は広がっています。 聞こえに何らかの問題がある人は、600万人もいます。社会全体で取り組むべき、重要なテーマに取り組んでいる企業をぜひ応援したいと思います。 問い合わせ先:長野サマライズ・センターまで。 (当ホームページのリンクページから長野サマライズ・センターのサイトへ  

「長野県知事選挙に初の手話通訳導入」

2014.7.29

今年 平成26年8月は、長野県知事選挙。

テレビ収録に初めての手話通訳導入となった。 長いろう運動の成果と、担える通訳士の数がようやく増えたこと、 これが成果に繋がった。 政見の委員にもなり、政見の研修履修もしている以上、断りたくても断れない状況の中、長野朝日放送とNHKの2局の担当になった。 事前原稿もあり、担当通訳士どうし、打ち合わせもでき、準備は、周到にしたつもりでしたが、なんとも早口の読み上げるスピードについて行くのが精いっぱい、ろう者にわかる通訳になったかは自信がないけれど、歴史的な場面に 関わる事が出来ました。 やり直しのできない1発勝負の収録。 長野朝日放送では、カメラ目線が出来ませんでしたが、NHKはカメラ目線での収録ができました。 皆様、テレビを見ての感想をお寄せ下さいね。  

「聴導犬について パート2」

2014.7.11

今回は、聴導犬の使用者になるための条件などを紹介します。 主な条件は、18歳以上の方で聴覚障害の程度は中程度から重度の方が対象になります。 また、聴導犬と愛情を持って共に生活できる方、日中も聴導犬の手助けが必要な方、経済的にも、身体的にも聴導犬と生活できることが条件となります。 さらに、他に犬を飼っていない方、聴導犬と生活できる環境のあること、健康管理及び、継続的な聴導犬の訓練ができることが条件となります。 費用はどのくらいかかるかと言いますと、聴導犬は無料で訓練され、貸与されます。さらに、アフターケアも無料です。 ただし、聴導犬に関する日常生活必需品(ペットシーツ、食費、医療費は、利用者負担です。1か月約、1万5千円から2万円かかるでしょう。 問い合わせ先 社会福祉法人日本聴導犬協会 FAX0265-85-5088 ※この記事は、「知りたい!!聴導犬と生活するには?」リーフレットをもとに紹介しました。  

「手話ジョーク」

2014.5.16

手話の世界にもジョークなのか、たんに面白がってダジャレのような手話を作り出すことがあります。でも、結構それが標準語並みに普及しているなと思うことがしばしばあります。 たとえば手話で、

「先「家・家」とあらわすとこれは「いえいえ」。 「北・北」と表して「来た来た」、 「注射・場」で「駐車場」、 指文字の「せ」を掻くしぐさで「せっかく」、 同じく「せ」をこいこいと手招きして「せこい」などなど・・・・。 若い人に流行った、「やばい」などの言葉は、「や」を二つ重ねて表現して表すなどです。

私自身、手話通訳になりたての頃は本当に手話の語彙数も少なく、本当の手話なのか冗談かの区別もつかずに使ってろう者に笑われたことがあります。 日本語でも言葉遊びがあるように、手話の世界でも日本語をもじって手話で遊ぶのはそれだけ、手話が親しまれている証拠ではないでしょうか。 でも、使用する場をわきまえないと、手話という言語を侮辱することになりますので気を付けたいものです。

「性別に関する表現について」

2014.5.3

手話では男は親指を立てるしぐさ、女を表すのは小指を立てるしぐさです。父親は肉親を表す表現の人差し指でほほを触って男、母親は同じくほほを触って女と表します。 ほかにも職業を表す手話では、

「先生」・・・教える+男     「女教師」・・・教える+女 「医者」・・・脈をとるしぐさ+男 「女医」・・・脈とる+女 「警察官」・・・帽子のマーク+男  「婦警」・・・帽子のマーク+女

などのように、手話表現の時、性別がはっきりしている場合は男・女の表現は使い分けます。ただし、性別がはっきりしない場合に関しては親指で表現をしていきます。 しかし、性別に限らず男の表現である親指を立てる表現は人を表す時にも使われます。 例えば、「育てる」は、左手で親指を立てておき、右手で栄養を注ぐ《与える》しぐさであらわしますし、「いじめ」は同じく立てた親指を右手でつつくしぐさをします。 このため、性別をはっきりさせられるときには男、女を使い分け、定かでないときには親指で人を表すという解釈でよいでしょう。

「災害時の聴覚障害者が困ること」

2014.3.11

東日本大震災では、障害者の死亡率が健常者に比べて2倍との報告がありました。通常の生活でも社会的不利におかれる障害者は、災害時ではさらに不利な状況に置かれることでしょう。 聴覚障害者は、あのような災害時はどんな不便を感じているのでしょうか?

①    サイレンや、緊急放送がきこえません。 ②    寝ているときには、外の情報がわかりません。 ③    近所の人が声をかけてくれても呼びかけに答えられません。救助が来ても同じ状況です。 ④    さらに、夜間の停電が起こると視覚まで奪われ、手話や筆談などのコミュニケーションが取れません。 ⑤    テレビに字幕や手話通訳がついていないと災害の様子がわかりません。 ⑥    避難先で物資や飲料の配給などの大切な情報が入りません。

  日常生活でも、車のクラクションが聞こえない、補聴器をつけていても会話がわからない、電車やバスのアナウンスがわからない、声をかけられていることがわからず、無視していると誤解を受けるというような不便さがあります。 このように、どの項目を見ても情報やコミュニケーションがほしいということなのです。聴覚障害者は情報障害者とか、コミュニケーション障害と言われる所以です。このことをよく考えて目で見て解り易い情報を提供していきたいものです。

「聴覚障害者の暮らし」

~火災を考える②~  臭いで起こす火災報知器

2014.2.12

面白い発想で火災報知器を開発した人がいます。普通は、振動で起こす火災報知器が主流ですが臭いで起こせないかと研究したのです。くさい臭い、おならの臭い、生ごみやクサヤの臭い、とにかくいろいろなにおいで起こす方法はないかと。 大町の出身の会社員が考え出したのは「わさび臭」。聴覚障害者の協力によって、わさび臭で起きるか実験をしたところ、100%の人を起こせたという話です。つーーんとした刺激臭で確実に起きることができ、不快なにおいが部屋にもこもらないのです。そしてこの商品は、イグノーベル賞を受賞しました。わさび臭の入ったカートリッジのついた火災警報器、株式会社シームス から商品化されています。 以下新聞記事引用

[29日 ロイター] ユーモアがあり、かつ意義深い科学的研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」の授賞式が29日に行われ、わさびのにおいを使って火災を知らせる「わさび火災警報装置」を開発した今井真滋賀医科大講師(49)、田島幸信・香りマーケティング協会理事長(57)ら日本人7人が「化学賞」を共同受賞した。 わさび警報装置は、火災発生時にわさびのにおいがする気体を噴射し、眠っている人を起こす仕組みだという。

引用おわり   いろいろなことを考える人がいるものです。しかし、聞こえない人の命を支えるこの機械、またこのような発想での商品化はうれしいですね。

「聴覚障害者の暮らし」

~火災を考える①~

2014.1.31

今回は、聴覚障害と火災を考えてみましょう。 昔、ろう者と盲者が同じ学校で学んでいた時代がありました。障害児が学ぶこの学校には寄宿舎が作られており、2階はろうあ児が、1階には盲児が暮らしていました。夜間にその寄宿舎で火事がおきました。 さて、目の見えない盲児と、耳の聞こえないろうあ児、逃げ遅れたのはどちらだったでしょうか?普通、明るいところでは見えている分、ろうあ者の方が移動は早いですよね。体には何の障害もないのですから。ところが夜の火災だったので、耳からの情報の入らないろうあ児には火災の情報が伝わりませんでした。 目の見えない子らは、「火事だ!にげろ」の声が聞こえて、火事の情報がわかり、目を覚ますことができました。そして盲は、暗闇であってもそれはいつものことですから、逃げ道や順路がわかっていました。ですから一人も逃げ遅れることなく助かりました。 ろうあ児はどうだったかというと、まず、「火事だ!」の情報を伝えられませんでした。 聞こえないので一人ずつ体をゆすって起こさねばなりませんでした。そして暗闇では身振りも口形も手話も見えません。説明すらできませんでした。盲ろうの状態と同じですね。暗闇では視覚さえ奪われていたのです。この火事で犠牲になったのは言うまでもなくろうあの子供たちでした。 盲とろう どちらが大変かよく比べられることがあります。軽く考えられがちな聴覚障害です。この事例を読んで皆さんはどう感じられたでしょうか?

「聴覚障害者の参政権保障について考える②」

2013.12.18

昭和42年に初めて国政選挙に手話通訳がついたと前回書きました。その後、昭和58年までは立会演説会に手話通訳がついていました。ところがその立会演説会が58年に廃止になってしまいます。ろう者にとっては新聞広告と選挙公報だけが情報源となってしまいました。 そんなおり、次のような事件がおきます。 ~無言の政見放送~

昭和61年のことです。参議院選 東京選挙区に雑民党からろう者の渡辺完一さん(45歳)が立候補しました。 渡辺さんは、自分は手話で政見放送をするので、同時通訳で自分の手話に日本語音声を付けてほしいと願い出ました。しかし、公職選挙法に、「候補者の政見の録音録画は、候補者本人についておこなう」とされていて、候補者以外の人は認められず、通訳は結局尽きませんでした。 結局テレビでは、手話のわかる人には手話で伝わったのですが、手話のわからない人には伝わりませんでした。さらにラジオでも同様の措置だったので、音声は時折り手話とともに出される発話があるのみで・・▽ア・・・○×・・・z※・・:○・・・▽×※~-・・・のほぼ無言のような放送になってしまいました。 

 

 政見放送に手話通訳を導入するにあたって、自治省は、1986年「政見放送研究会」を発足させました。ろう者の訴えが波紋を呼び、国がようやく改善しようと動き出したのでした。そして1987年に中間報告、1994年に最終報告がだされ、1995年参議院比例代表選挙に手話通訳が初めて導入されました。無言の政見放送からなんと9年後のことでした。 それでも、この勇気ある政見放送がなかったら法律の改正はさらに遅れていたかもしれません。歴史は勇気あるろう者の行動から作り変えられていくものだと実感しています。

「聴覚障害者の参政権保障について考える①」

2013.11.16

参議院比例区選挙や候補者の政見放送に、手話通訳がついている様子をテレビで目にしたことがあると思います。 いまや、当たり前のように目にするようになってきましたが、歴史はとても浅いのです。 そんな運動の歴史や政見放送の実情を少しずつ紹介したいと思います。 以下引用(日本手話通訳士協会発行ブックレット13「政見放送における手話通訳」より

日本で初めて国政選挙の場に手話通訳が付いたのは、1967年(昭和42年)東京の中野での立会演説会でした。東京の若いろう者を中心に「選挙に聴覚障害者の参加が保障されているのか」という論議が高まり、「立会演説会に手話通訳をつけたい」「候補者がどんな話をするのか聞きたい」「それは当然の権利だ」ということで、要望書を何度も東京都選挙管理員会の方に出してその結果、さまざまな条件付きで実現しました。  皆さん手話通訳がどんなふうに付いたと思いますか?手話通訳者はどこに立っていたと思いますか?普通に考えれば、話者のなるべく近いところに立つはずですが、「一般聴衆に迷惑をかけないように会場の後ろでやるのならいいですよ」ということで始まったと聞いています。でも、聞こえない人も手話通訳者もそんなに軟(やわ)じゃないですから、少しずつ実績を積みながら、手話通訳者は壇上に近づき今の立ち位置になっていったそうです。

ーーーーー引用おわり

昭和42年が初めてというのも驚きですね。今や当たり前のように見られていますが、本当に最近のことなのです。手話通訳者が堂々と壇上に立てなかったというのもびっくりですね。手話が市民権を得るまでには長い時間がかかったのです。

「聞こえない事の不便さ」

2013.10.16

皆さんはご自分の耳が聞こえなくなったら・・・・と考えたことがありますか? まず、家の中での不便さを紹介しましょう。 音が聞こえないのですから、人の声、テレビ、ラジオ、水、足音、物音、雨、風、機械音、車、電車、アナウンス、犬の鳴き声、などなどすべての音の情報が入ってきません。中でも、目覚まし時計の音が聞こえない、FAXなどの着信音が聞こえないなどは、想像しやすいのではないかと思います。今は光や、振動で知らせる機器(日常生活用具)が充実してきました。しかし、すべての音を光で知らせていたら、光りっぱなしになってしまい大変です。 聞こえない方にお聞きして、不便だとお聞きした話で心に残ったものを紹介したいと思います。

  1.  換気扇をつけっぱなしにしてしまう。⇒目の高さにない、最近は換気扇カバーがついていて、止まっているのか、回っているのか、目で見ただけではわかりづらい。
  2.  水道蛇口がゆるんでいて、ポトポトと水がたれている音に気が付かない。家族によく怒られる。
  3.  体温計、「ぴぴっ」という計測が終わったことを知らせる音が聞こえないので不便。
  4.  ガス漏れ警報器は、音で知らせる構造なのでもし警報音が鳴っても気が付かない。
  5.  聞こえる家族同士の会話がわからないため、会話に参加できず疎外感を感じる。
  6.  夜間に向かいの家が火事になっていたにもかかわらず、消防車や、騒ぎの音が聞こえず、避難できなかった。朝カーテンを開けて、火事があったことを知った。ぞっとした。

  等です。 音といえども、音はいろいろな情報でもあります。音から得られる情報は、想像以上に多いと思いませんか?聴覚障害者は、情報障害者とも言われる所以(ゆえん)です。どうしたら、その情報障害を軽減できるか、みんなで考えていきましょう。

「非手指動作」について

2013.9.11

手話は文字通り、手のはなしと書くので、手の動きだけをすれば手話になると思っている人がいますが、実は手の動きよりも重要な意味を持つものが、「非手指動作」です。 手話をしている人の表情は豊かだなあ、と思われるでしょう。 表情とひとくくりに言いますが、視線、うなずき、首ふり、目を細める、目を丸くする、顎あげ、眉あげ、口角をあげる、唇をきつく結ぶ、ぽかんとあける、ほほを膨らませる、すぼませる、など、さまざまな要素があります。 また、体の動き、体の表情もあります。 「大きい」ものを表す時は胸をそらして肩幅も広げます。 逆に、「小さい」ものを表す時は背中を丸めて肩幅も狭めます。 他にも、「好き」を表す時は前のめりになりますが、「嫌い」であれば、のけぞって拒否するような態度になってきます。 そうです、手話の文法の重要な要素は80パーセントくらい顔や体の表情に詰まっているといっていいでしょう。 「目は口ほどにものをいう」 まさにこの言葉通り、人間の感情は表情や目に現れると言っていいでしょう。 嬉しいや、悲しい、怒りなどの感情も、表情でわかります。 この表情の持つ意味は世界共通で、どの国に行っても通じる感情です。 さあ、手話を学ぶ皆さん、ろう者の表情に着目してみてください。 込められた思いが伝わってくると思いませんか?

手話の特徴 「同時性」

2013.8.6

今月も、手話の特徴についてお伝えしたいと思います。 なにやら難しいタイトルに見えますね。 いえ難しくないんです。 解説しましょう。 日本語は、(日本語以外でも音声言語はすべて)「線条性」という特徴を 持っています。 日本語で色の「青」を音声日本語としては「あ・お」と発音しますね。 「あ」の次に「お」を発音しますね。あとおを同時に言うことはできません。口は一つしかないので、発音も「あ」の発音のあと、口の形を変えて「お」ということしかできないのです。一本の線の上をなぞるがごとく、「あ」は、「お」というときには過去になっていく。時系列の線の上を通ると言った方がわかりやすいですね。 では手話はどうでしょう。 「青」は、ほほを手のひらで撫で上げるしぐさです。 男性の髭剃りあとの皮膚のあおあおとした状態を指したものです。 手で撫でるだけで「青」になります。 「結婚」という手話は、もっと解り易いかもしれません。 音声語では線条的に「け」→「っ」→「こ」→「ん」というところですが、手話では、 左手で男、右手で女という手話を作り、左右の指をくっつければ(引き寄せれば) もう結婚という言葉になってしまいます。 まさに同時に表せてしまうんですね。 手話の便利さや、見てわかる表現はこのような手話の特徴から来ています。

「手話は話し言葉」

2013.7.10

今回は手話の特徴についてお話したいと思います。 手話の学習をしている人は手話を何とか覚えようと手話の動きをイラストで描こうとします。もちろん私もあんまりメジャーではない国の名前とか、新しい手話などをさくさくと覚えることができないので、へたくそな手の形をイラストや矢印を描いて何とか記録しようとします。たとえば、「ご苦労さま」という手話を説明するならば、日本語を使って「左手をグーにして…右手もグーにして、左手の腕を右手で2回ぐらい軽くたたきながら会釈する」というように記録していくことになるわけです。   そうなんです。手話は書き言葉がないんです。アメリカでは、ストーキーという人が手の形や動き、方向性などを記号にして手話を記録する方法を研究していました。もちろん、そういった研究が進んで、コンピューターに記号を入力すれば、アニメの人間が手話をするということも可能な時代にはなりました。 しかし、私たちが日本語でノートを取るように手話の記録をとる手段はやはりまだありません。あるとしたら、視覚で確認するビデオ映像や、連続写真のような方法になってしまいます。 手話通訳するときも、私たちの手話という言語は、話し言葉なのだということを意識する必要があります。 ですが、時には原稿である書き言葉をそのまま通訳するといった場面にも遭遇します。書き言葉を書き言葉として通訳することも時にはあるでしょう。 でも、基本的に話し言葉である手話を書き言葉で通訳するということはとても難しいことなのです。 私たちは常にそのことも考えて相手に伝わるような手法を考えていかねばなりませんね。

「聴導犬(ちょうどうけん)」

2013.6.4

「聴導犬」ってご存知ですか? 聴覚に障害のある方に、音を知らせたり、音のある方へ導いたりする身体障害者補助犬です。 聴導犬の一番の役割は、聴覚に障害のある人(ユーザー)に、生活で必要な音(玄関チャイム・受信音・キッチンタイマー・笛吹きケトルなど)を前足でタッチして教え、音のする場所まで導きます。外出時も、病院や銀行などで順番が来たことをタッチして教えます。逆に警報音の時は音源には導きません。 災害時は、電気がストップし、福祉機器も使えませんね。また、聴覚障害者は外見上では障害がわかりにくいものですが、聴導犬を連れていることで、周りの人にユーザーが聴覚障害者であることがわかり、障害のない方とのコミュニケーションの仲介役にもなります。障害者だとわかれば、救援物資の配給情報や誘導など、周りの人も手助けがしやすくなります。 聴導犬は、安全と安心をもたらすのと同時に社会と聴覚障害者を結ぶ役割も果たしているのですね。 聴導犬の訓練施設は?

長野県上伊那郡宮田村には、「社会福祉法人日本聴導犬協会」があります。 ここは、日本で初めての聴導犬と介助犬訓練士学校となる「日本聴導犬・介助犬訓練士学院」を2009年に開校しています。他にもここを含め国内には23か所の訓練事業団体があります。

誤解を受けやすい聴導犬

 介助犬というと、視覚障碍者のための盲導犬があります。外出時などのサポートをしている姿を皆さんは目にすることが多いと思います。ですが聴導犬というと、聴覚障害者は目が見えているので必要ない、いなくても歩けると思われがちです。また、聴導犬の貸与を受けるのに有料だと思われている方もいます。聴導犬の働きが不明とか、申し込み方がわからないなど、普及しているとは言えない状況です。盲導犬が国内で1067頭(2011年)に対して、聴導犬は30頭(2011年)という数字から見ても少ないことがわかります。

正しい情報をきちんと広めていくことが急務と言えますね。 *参考文献「マンガでわかる聴導犬」有馬もと著 (明石書店)

「手話の面白さ」その二

2013.5.7

 今回も、前回に引き続き、手話の面白さを紹介したいと思います。 今回は、大修館書店から出版された「日本手話のしくみ」という本から引用し紹介したいと思います。 手段を含む動詞

以下引用――――

日本手話の動詞の中には、手段がすでにおり込みずみのものがたくさんあります。 「昨日大阪に行った」という場合、〈行く〉という動詞を使うこともできますが、多くの場合、〈新幹線で行った〉〈車で行った〉〈飛行機で行った〉など、移動手段を含む動詞が用いられます。 これらの動詞は、〈行く〉という動詞の形の中に手段が含まれてしまっているのでわざわざ「新幹線で行った」と訳す必要のない場合も多いのです。「私はミルクを温めて飲んだ」という場合、日本語ではどういう手段で温めたのかは示されません。ところが、手話では〈温める〉という動詞を表すためにその手段が明示されなくてはなりません。電子レンジで温めた場合と、火にかけて温めた場合では手話表現が異なるからです。

――――引用おわり―――――

手話を見ていたほうが、その情景が目に浮かぶようだと思うことがよくありますが、こうした手段を含む表現がより、リアルにその状況を伝えてくれるのでしょう。 私たち手話学習者は、そういったことをよく考えて、手話表現を心がけると、より、ろう者にわかりやすい手話となっていくことでしょう。  

「手話の面白さ」その一

2013.4.10

 今回は、手話の面白さを少し紹介したいと思います。 学生から、『「食べる」って、手話でどう表現すればいいですか?』と、単語レベルで質問を受けることがよくあります。 日本では、「食べる」という手話は一般的には左手にお茶碗、右手にお箸を持って食べるしぐさになります。 ですが、①「パンを食べる」②「スパゲティーを食べる」③「カレーを食べる」④「アイスを食べる」となれば、お箸とお茶碗のしぐさでは違和感を覚えませんか? そうなんです。手話では動詞を表す時に、その手段についても表現が含まれることが多いのです。

  1. パンなら、ちぎったパンをつまんだ手を口に持っていくしぐさ
  2. パスタなら、フォークに巻きつけるしぐさ
  3. カレーならスプーンで口に運ぶしぐさ
  4. アイスなら、アイスを握った状態でなめるしぐさ

となるわけです。 この他にも、ステーキを食べる場合は、フォークとナイフ使うしぐさですし、ハンバーガーなら、かぶりつくしぐさですよね。 手話は、「同時的にあらわされる」とか、「写像的で、映像を見ているようだ」とか言います。まさに手段を含むこの表現。手話らしさを象徴するものですね。  

「医療における手話通訳」

2013.3.6

 医療場面の手話通訳の重要性については前回書きましたが、実際に、手話通訳派遣制度の中で依頼件数が最も多いのが医療場面です。ろうあ者の健康や命に直結している内容だけに正確な通訳と慎重さが求められます。 普段からろう者との接点がないお医者さんにかかるときは最初がかなり重要になってきます。「聞こえない人には大声で話せばよい」「聞こえない人には書けばよい」程度にしか考えていないお医者さんが多いのが現実です。 私の経験を一つ紹介したいと思います。 聞こえないお母さんが3人の聞こえるお子さんを育てているケースです。子供さんは様々なけがや、病気にかかります。お医者さんから見たら、発熱の程度も風邪自体の症状も軽いケースでも、このお母さんはすぐに通訳依頼をしてきます。お医者さんのなかには、「こんなことでわざわざ医者に来て・・・」という態度をとることがあります。 実際、私も子育ての経験がありますから、私だったら、家でゆっくり休ませていればいいのに・・と思うような時もあります。医者から見たら、ろう者はこんなことも判断できないのか?ろう者は常識がないのか?と間違えられることも多いのです。 でも、聞こえないということをよく考えてみましょう。 聴者の親には子供の咳の音は聞き取れます。夜中に子供が咳き込んだとしても、その音で目を覚ますこともできます。子供の訴えや、声の変化(かすれたり、元気がなかったり)にも気づくことができます。ろう者のお母さんはそれができないのです。具合の悪い状況は目で見ただけでは判断できにくいのです。だからこそ、早めの受診をして、判断を求めているのです。 私たち手話通訳者はそのような不安をろうのお母さんが抱えていることを、お医者さんに情報提供し、協力を求めていく必要があります。 私のケースでは、その関係づくりがお医者さんとできて、とても気持ちよくろう者のお母さんの不安を取り除き、対処してくれているお医者さんがいます。 今、巷で流行っている病気のことや、家での熱の対処法や、アレルギーに関するアドバイスなど、専門家としてのアドバイスを的確にわかりやすくしてくださいます。手話通訳者にとってもとても仕事がしやすい現場となります。 ただの風邪・・・ちょっとした風邪・・・これぐらいのことでわざわざ・・・なんて声が聞こえてきそうなケースでも、ろう者の不安の根底にあるものや聴覚障害という状況に思いを寄せて、お医者さんとの良い関係を築きながら通訳を行いたいものです。

「手話通訳派遣制度について」

2013.2.5

現在、聴覚障害者の方々が、手話通訳を依頼したいと思うときは手話通訳派遣制度を無料で利用することができます。 聞こえない方々が利用したい場面とはどんな場面でしょうか。 一番手話通訳依頼が多いのは、医療の場面です。 皆さんも自分が医療機関にかかった時の場面を思い起こしてください。医療場面は人とのコミュニケーションをとらなければならない場面がたくさんあります。 つまり、聞こえない人にとってハードルの高い場面でもあります。   医療の手話通訳の流れを見てみましょう。

  1. まず、受付で初診かどうか、保険証や診察券の提示を求められます。
  2. 次に看護婦さんからの問診場面です。初診ならば、問診票に記入を求められます。それ以外にも病気の経過や、現在出ている症状などを質問されます。場合によっては、熱や血圧を測り診察前の準備をします。
  3. 待合室で待ちます。アナウンスで何番の診察室に入るか指示されます。そしてやっと医者の診察を受けます。
  4. 必要に応じて検査を受けます。レントゲンや心電図、MRIや、尿検査、血液検査などもろもろです.
  5. 検査後、また診察を受けます。薬の投与や、病名などを告げられます。治療方針もここで告げられます。そして次は処置室。点滴や注射など、必要に応じて処置を受けますね。
  6. 次は会計です。そして薬局を確かめ、次回の予約などを確認します。
  7. 最後に薬局ですね。病名を確認したり、薬についての説明があったり、飲み方や薬の使用法などの説明を受けます。

いかがですか? どの場面でもコミュニケーションが必要で、しかも、相手が担当部署ごとに変わるという本当に通訳としても気の抜けない場面、緊張する場面が続きます。聞こえない方にとっても、自分の健康や命を通訳者に預けるわけですから、私たち手話通訳者は、緊張感を常に持って当たらないとならない場面なのです。

「高齢のろう者の支援について現状」

2012.9.12

前回の未就学高齢ろう者に引き続き、高齢のろう者の支援について現状をお伝えしたいと思います。 日本には聴覚障害の高齢者を支える養護老人ホーム、特別養護老人ホームはいくつあると思いますか?47都道府県があるわけですから、最低47か所ぐらい整備されても不思議ではないですよね。   解答は・・・・なんとたった9か所です。 北から、①北海道にある、聴覚障害者養護老人ホーム「やすらぎ荘」 ②同じく北海道、特別養護老人ホーム「新得やすらぎ荘」 ③埼玉県にある、特別養護老人ホーム「ななふく苑」 ④京都府にある、特別養護老人ホーム「いこいの村・梅の木寮」 ⑤大阪府にある、特別養護老人ホーム「あすくの里」 ⑥兵庫県にある、特別養護老人ホーム「淡路ふくろうの郷」 ⑦広島県にある、聴覚障害者養護老人ホーム「あすらや荘」 ⑧同じく広島県、特別養護老人ホーム「あすらや荘」 ⑨福岡県にある、特別養護老人ホーム「田尻苑」   少ないと思いませんか?皆さんのお住まいの地域を見渡したって、このぐらいの数は出てくるのではないでしょうか。   ここに入所されている人は、聴覚障害があるがゆえに、社会の側の無理解、無知でさまざまな差別を受け、さまざまな差別にさらされてきた方が大勢います。例えば、結婚は許されず、結婚できたとしても子供を作ることは許されなかった人もいます。盲腸の手術と偽って、子宮を取られた方もいます。 また、病気で入院した病院で、意思疎通ができないからと、おむつを当てられて、7年間ベッドで寝かされた人もいました。手話で話しかけてくれる職員もおらず、病室のほかの方とも会話ができず、目が覚めても楽しいこともなく、気持ちも沈んだままになって、骨と皮ばかりになってしまった方もおられました。おまけに十分な治療もしてもらえずに。 「ろうあ病」というようなわけのわからない病名を付けられて、精神病院に入れられていた人もいました。入所後、さまざまな病気が見つかった高齢者も沢山おられました。医療関係者とのコミュニケーションができず、検査や診察など、当たり前の治療すら、受けられていなかったということが明らかになったのです。 「人として」生きることを許されなかった多くの高齢ろう者の方々が、安心して手話でコミュニケーションを図りながら暮らせる場所として、ようやく上記の9か所の施設が建てられてきました。これは、国が責任を持って整備すべきものですが、これらはすべてろうあ運動によって、聴覚障害者や支援する関係者の努力によって建てられてきました。これが今の日本の現状です。 せめて、入所された皆さんが心安らかに、同じ仲間同士手話で心おきなく会話してほしいと思います。また入所できずに、今現在もどこかの精神病院や、病棟でさみしく療養しているろう者の高齢者を救うための施設を建設する運動、これからも必要だと考えています。

「未就学高齢ろうあ者(みしゅうがくこうれいろうあしゃ)」

2012.8.7

聴覚障害者の中でも高齢の方々の問題は複雑です。高齢とろうあ、さらに未就学(みしゅうがく)といって、学齢期になっても学校に行くことができず教育を受けられなかった人々がいるのです。 時代背景的にも、戦前戦後の混乱期であり、健聴者でも十分な教育がなされなかった時代でしたが、障害者はさらに教育制度が整っていなかったこと、制度上でも、「就学猶予」(しゅうがくゆうよ)といって義務制ではなかったため、学校に行かせてもらえなかったろう者がたくさん存在します。 昭和24年、日本も教育制度が変わり、ようやく障害児の教育も義務制となり、教育を受ける権利が生まれました。 「コミュニケーションの問題」 ろう学校というろう者集団に加われなかった未就学の方々のコミュニケーションは、どのようにされていたのでしょうか?もちろん、手話の習得もできず、文字も読めない書けない状況で、音声語も聞こえません。家族間ではホームサイン(その家庭や関わる人にだけ通じる身振り)が使われていたようです。 手話や筆談が通じなくても、絵をかく、写真を活用する、身振り、指さし、実物を見せるなど、伝える工夫はいろいろあるものです。一番悲しいのが、この人には通じないからと、あきらめられてしまうことではないでしょうか。 コミュニケーションはあきらめないで、伝えよう、わかろうとする気持ちが一番大切ですね。

「日本語の特性: 主語の省略・不在・移動」

2012.7.7

今回も、上村氏の本からの引用で、手話通訳について考えてみたいと思います。 私たち手話通訳者は、日本語から手話に、または、手話を日本語に通訳していきます。その時に日本語の特性を理解していないと、思わぬ失敗をしたり、主語が明確でないため誰が誰に言った言葉なのかわからなくなることがあります。 手話を読み取るときには、意識的に主語を入れるようにして主語を明確化させていきます。また、日本語を手話にするときにも、言葉だけ聞いていると、主語がない文章が日本語にはたくさんあります。そのようなときに、指さしや、目線、位置関係などで主語を明確に表現しなくてはなりません。 このような特性があることを踏まえて、上村氏のこの本は参考になります。以下引用です。 著/上村博一「字が話す目が聞く」の本からの引用:

日本語は「主語+目的語+動詞」の型であるのに対し、英語は「主語+動詞+目的語」型である。英語を学ぶとき、まず最初にこのように習います。 確かに英語ではほとんどの場合主語があって、そのうえで文章が組み立てられています。 ところが日本語の文章ではしばしば省略されたり、もともとなかったり、断りもなしに文章の途中で主語が変わっていたり、奇妙な現象が起こります。私たちもそれを当然のことと思っていて、特に奇異に感じていません。 例えば、「何もございませんがどうぞ」(省略) これでお互いに通じあうのですから日本語は便利なことばだと思います。「公園に行った。公園には誰もいなかった」というとき、ドイツ語では、「公園には、自分のほかには誰もいなかったと表現しなければならないと聞いたことがあります。その厳格さにくらべれば、なんとおおらかな言語であるのかという感慨すら覚えます。理屈っぽく言えば、この場合、「召し上がっていただくものは」という主語が省略されているということになるのでしょう。 「あそこのスタバ、おいしいわよ」(省略) スタバは、コーヒー店「スターバックス」の省略語です。もちろんコーヒー店を飲むわけではなくて、この場合は、「あそこのスタバのコーヒーが」という主語の一部が省略されていることになります。 「暖かくなりましたね」(不在) 日本語の特徴を語るとき、よく引き合いに出されるのが季節のあいさつです。こういう時、英語では、「It」という主語を使うことになっていて、“It has become warm”といいますが、日本語ではもともと主語のない文章として了解されています。 「田一枚植えて立ち去る柳かな」(移動) 芭蕉の句です。一句の中に「植えた」と「立ち去る」、動詞が2つ出てきます。植えたのはお百姓さんで、それを芭蕉が見ている。田んぼ一枚を植え終わったところで、「立ち去る」のは芭蕉。そのように解釈されています。2つの動詞の間で、主語が移動している例です。

いかがですか?なるほどと思う事例がたくさんありますね。 改めて、私たち手話通訳者は、双方の言語の特性を理解して翻訳をしないと、わかりにくい通訳になってしまったり、間違って伝わってしまうことになります。日々の学習が必要ですね。

「類音語について考える」

2012.6.7

私たち手話通訳者を悩ませるもの、それは聞き間違えです。 似た音で、勘違いしやすい類音語についての事柄が書かれていたので以下引用し 紹介します。   著/上村博一「字が話す目が聞く」の本からの引用:

厄介なのが、「類音語」です。聞き間違えは、同音語の誤字を表記する以上に事態を混乱させかねない場合があります。 「私の私案では、約110万円の利益をあげることができると思います」 「私の手腕では、約110万円の利益をあげることが・・・・・」 と、誤って伝わったら相当な混乱が生じるでしょう。 他にも類音語をいくつかあげておきます。 預かって・扱って  いいことない・言うことない  位置・基地 森ビル・モルディブ  一・七  一日に千人・一日二千人 EU ・金融  起こる・誇る  頭文字・柏餅  関係・歓迎 公共・工業  約・百  有数・優秀   事態・実際 指名される・示される  収容・終了  使用・主要   主任・主人  商店会・商店街  諸税・租税  水筒・水道 仲裁・救済 破たん・破談  病院・美容院  慰労・疲労  満たす・乱す

要約筆記の人たちを悩ますこの類音語ですが、手話通訳も耳だけが頼りなので、通訳現場の状況によっては、声が聞き取りづらく聞き間違えることがしばしばあります。 上記の例は、私もいくつか聞き間違えて、途中で修正したことが何度もあります。通訳に入る前に、十分に資料等読み、誤訳の無いように準備を整えることで、減らすことが可能です。 やはり、通訳内容にについての背景を熟知しておくことなんですね。日本語力を鍛え、きちんと推察しながら聞き取る訓練が必要ということです。 自分自身に言い聞かせながら、この本を読みました。 手話や、要約筆記にかかわる方、是非ご一読を。

「手話通訳者って、どこで活動しているの?」

2012.5.7

私がかかわっている学校の学生たちに手話通訳者って見たことある? って聞くと、ほとんど「テレビ」と答えがかえってきます。 テレビの隅のまあるい枠の中で手話通訳をしているのを 見たことがあるという答えが返ってきます。 学生たちが生活シーンでの手話通訳を見ることはほとんどないのですね。 では、どこで活動しているのでしょうか。 実は、手話通訳を必要とする場所は、生活のあらゆるシーンにあります。 市役所、県庁、病院、薬局、学校の行事、職場、警察、仕事探し、アパート探しなどの各種手続き、研修会、講演会、お葬式、結婚式・・・・・すべては書ききれません。 言ってみれば、人と人がコミュニケーションする場面ではどこでも必要です。 依頼が一番多いのは医療場面です。医療は、命や人権にかかわる大事な場面ですが、受付、問診、診察、処置、検査、会計、薬局、等々、コミュニケーションの相手がその都度変わり、聞こえない人にとってとても緊張を強いられる場面ともいえます。 二番目には教育場面です。聞こえない方のお子さんが生まれ、乳児健診から、保育所の説明会、小・中・高・を経て、高等教育を卒業するまであらゆるシーンがあります。 1年間を考えても、説明会、入園式、懇談会、家庭訪問、参観日、総会、講演会、役員会、入学式、卒業式、謝恩会・・・・。 これまた学校行事は書ききれないくらいあります。 聞こえない人を扱ったドラマ等では手話通訳者は登場することがあまりありませんが、聞こえない人と、聞こえる人をつなぐ手話通訳はあらゆる場面で活動をしています。

ろう者の生活今昔 「歴史にみる手話通訳の始まり」

 2012.4.7

日本の記録に残る手話通訳の始まりはいつでしょうか。 1962年(昭和37年)福島県議会で、ろう学校の先生が生徒に 手話通訳をしたそうです。 二つ目の記録では、東京都中野区での参議院選挙での立会演説会に 初めて手話通訳がついたそうです。 ただしこの時、ろうあ者が全額費用負担をしていたというのですから、 制度とはいえませんね。 ただ、手話通訳がつくことを認めてもらった第1歩でした。 そして昭和51年、手話奉仕員派遣制度として日本の制度がスタートしました。 現在は、「手話通訳者派遣制度」という名称に変更されています。 もちろん、記録にない以前も手話通訳は行われていました。 ろう学校の先生や、家族が通訳を担っていたようです。 もちろんボランティアですし、中立対等な現在の通訳にくらべて、 ろう者を保護的な対象とする通訳だったようです。

ろう者の生活今昔 「電話を考える」

 2012.3.7

現代のように携帯もFAXもなかった時代。耳の聞こえない人たちはどのようにして連絡を取り合っていたのでしょう。 人と会うための約束でさえ、電話一本できないため、手紙を書くという人も。はたまた、直接会いに自転車を必死に漕いで行く人もいました。 そんなろう者に朗報が。ミニFAX の登場でした。(NTT)1981年のでした。 すごい高価なものでしたが、日常生活用具に指定されたことから、聞こえない人たちの間で普及しました。はがき大の用紙を送るのに2分3分かかるようなものでした。 それからのち、FAXが一般家庭に普及しました。 人の手を借りなくても自分で連絡を取り合うことが出来る時代に突入しました。 次の進化はポケベルの時代です。返事がいつ来るかわからないFAXに比べて、直接相手にメッセージを送れるようになりました。 ほどなく、携帯電話の普及する時代に入りました。ポケベルは一時のはやりに終わりました。携帯電話のメールは聞こえない人にとってはこの上ないツールとなっています。メールは日本語が基本的にできる人が中心ですが、テレビ電話は手話を主たるコミュ二ケーションにしている人には、もっと便利なツールになりました。 さらにさらに、今はスカイプなどのパソコンや、スマートフォンを使って、無料の通信手段までできました。聞こえない人にとっての情報へのアクセスが、よりスムーズな時代に突入しました。 一方で、高齢のろう者の中には、携帯電話や、パソコンなどと無縁の生活をしておられる人もいます。 情報格差の解消もこれからの課題です